「約束の場所」へ── 2人になったAble-Gleamが、仙台Rensaで示すもの
2022年に仙台で結成されたラウドロックガールズユニット、Able-Gleam(エイヴァルグリーム)。結成当初から目標に掲げてきた仙台Rensaでのワンマンライブ「約束の場所」を、2026年8月2日にいよいよ迎える。しかし本番を目前にして体制は3人から2人へ。急遽バックバンドを従えるかたちに変わったステージに、椿かれんと橙山とわは何を持って立つのか。本番9日前、緊急インタビューを行った。
「あと9日」── バタバタと、大充実の日々
── もうあと1週間くらいですもんね。
椿かれん:そうですね。昨日でちょうどあと10日で、今日であと9日って感じです。
── 8月2日まで1週間ちょっとということで、今どんな毎日を過ごしてますか。
椿かれん:今は本当にバタバタで。やっと昨日セットリストが決まって、確認して。私たちも私たちで、2人体制になったフォーメーションと歌割りを急ピッチで変更して、確認して、練習して、スタジオ入って、みたいな日々ですね。私たちもバタバタで、関わってくださってるバックバンドとかも含めて、みんなバタバタしてる。でも大充実してますね。大充実の日々を送ってます。
── バンドとのリハもやってるんですか。
橙山とわ:リハはできてないですね。2人でスタジオ入って、後ろにバックバンドが付いてるのを想定して、2人で確認みたいな感じです、今は。
── 結構、大変ですね。
椿かれん:やっぱり私たちが「大変」って言ってたら、多分他の人がめっちゃ大変なんで。うちらだけがもう大変です、みたいに言ってられないんですけど。
── 8月2日に向けて準備してきたものがあるじゃないですか。もともと3人でやるための準備をしてきたところで、途中でそれが急遽作り直すことになって。一番作り直したものって何ですか。
橙山とわ:体制がバックバンドになったっていうのが大きいですね。もともとは3人だけで、セットとかも組む話もなくて、本当に広い仙台Rensaのステージに3人だけで立つっていう話だったので。それに伴って、セトリも本来だったら、ぶっちゃけ全曲多分できたので。それがバンド用で2人用みたいな感じで、セットリストも組んでもらったので。そんな感じですね。
3人から2人へ── 隣にいてくれることの心強さ
── 一人いなくなりました。今までも2人でライブすることって結構あったと思うんですけど、いなくなる前とかのことですけど、改めて2人になって、かれんさんにとわさんはどう見えているのか。とわさんにかれんさんはどう見えているのか、改めて。
椿かれん:今、Able-Gleamって4周年なんですけど、5年前──4年前に1年プラスで、北原さん(Able-Gleamプロデューサー)のところで名前が違うアイドルで私は活動してて。そこから曲も新しくなって名前も新しくなって、新しいグループで再出発するってなった時に入ってきてくれたのが、とわだったんですよ。5年前から私は北原さんと一緒にやってたけど、4年前からとわも加わって、一緒にAble-Gleamとしてやってて。なので4年前の時は、追加で入ってきてくれた、再出発するために入ってきてくれたメンバーみたいな感じだったんですけど。今いろんなことを経て2人になって、やらなきゃいけないことがいっぱいある中で、めちゃめちゃ担ってくれてる。4年前だったら「プラスで入ってきてくれた」から、周りから見たら元からいたメンバーと追加で入ってきてくれたメンバーみたいな感じだったんですけど。それがもうちゃんと足並み揃えて、いろんな役割を担ってくれて。私はすごい助かってる、心強い。隣にいてもらって、すごい心強いです、今。
橙山とわ:私から見たかれんは、私よりしっかりしてるイメージがあるんです。
椿かれん:イメージね(笑)
橙山とわ:いろんな相談に乗ってくれたり。それこそ今、私がフォーメーションとか考えてるんですけど、それも相談するとすぐ「これはこうがいいんじゃない」とか「これがいいんじゃない」みたいに言ってくれたり。だからなんか、2人になって、2人で今ちゃんと歩んでいけてるなっていう感覚があります。
── それって、3人でやってた時と、2人のお互いへの意識って、何か違うものになってるんですか。
橙山とわ:無意識かもしれないですけど、やっぱりちゃんとお互いが軸持ってやらなきゃ、みたいなのは、もともとあったんですけど、多分2人になってより強くなったと思います。
椿かれん:抜けちゃったメンバーがリーダーで。ちゃんとリーダーって肩書きも出てたので、見てるお客さんたちも多分、そのリーダーと2人みたいな共通認識があったと思います。今二人になって、もっとちゃんとしないと、みたいなのは、口には出してないですけど、多分お互い持ってると思います。

「約束の場所」── 結成時からの目標だった仙台Rensa
── ワンマンの話をさせてもらうんですけど、「約束の場所」ってタイトルが元々ついてたじゃないですか。その意味は。
椿かれん:Able-Gleamって、結成した本当に最初の頃から、目標はこの仙台Rensaでワンマンライブをやるっていうのを、ずっとことあるごとに言ってきてて。なのでお客さんの中でも「Able-Gleamの今の目標は仙台Rensaでワンマンをやること」っていうのは知ってもらってた。それがいよいよこの4周年っていう節目で夢が叶う時が来たので。あの時に言った「仙台Rensaでワンマンライブをやる」って言った目標の、その約束の場所が仙台Rensa。その認識がお客さんもあるし、私たちもあった。もう決意した、約束の場所っていう意味合いですね、そのタイトルって。
── 「Gleam」の歌詞に「光射すあの場所へ走って」とか「私が光になるから」っていうのって、この曲と「約束の場所」って、なんかイメージが繋がってたりするんですか。
椿かれん:繋がってるっていうより、この「Gleam」っていう曲は、私たちAble-Gleamが始動するときに一番最初にもらったオリジナルの楽曲で。Able-Gleamのコンセプトをそのまま歌ったような、グループの軸になる曲で。繋がってるようにしてタイトルを決めたわけじゃないんですけど、意味合い的には繋がる部分はありますね。その、もう軸になる曲としてもらったやつで、ずっと目標はその仙台Rensaっていう約束の場所だった。なんかこう、今これからその仙台Rensaに立つのがもうわかってる、その先の未来がわかってる私たちからすると、「あの時に歌ってたその場所はそこだったのかも」みたいな感じです。
発表の日、フロアが息をのんだ
── 「Rensaのワンマンが決まりました」ってなった時の、ファンの人の感想というか、感触ってどんな感じだったんですか。
椿かれん:この仙台Rensaを発表したのが去年のツアーのラスト、ファイナルで発表したんですけど。実際私たちもその場で、お客さんの反応を見てて。お客さんみんな、「いや、ついに来たか」みたいな感覚を感じました。ツアーの千秋楽最後を、もともと「重大発表あり」って告知してたので、みんなもなんかもう、「重大発表ってなんだ?」っていろんな想像をしてて。
橙山とわ:いろいろあったよね。
椿かれん:いろいろあったんですけど、やっぱ最初の頃から応援してくれてた人は「もしかしたらRensa?」ってちょっと言ってるのが聞こえてきてて。で、実際に動画で発表して、もう「うわぁー」みたいなのが起こったみたいな感じでした。やっぱ泣いてる人もいっぱいいて。「ついに行ったよ」って。
── ファンの人にとっても、ファンの人と約束の場所として捉えられてた場所ってことですもんね。
椿かれん:そうです。Able-Gleamにとっての約束でもあるし、ファンの人にとっての約束の場所でもあるってこと。とうとうその約束を果たす場所に立つってことですね。
仙台Rensaという場所── 「あそこでできたら、すごいよね」
── Rensaって、3周年がspaceZeroで、4周年がRensaになって。スタンディング700人、仙台で2番目にでかい会場になるんですよね。一番はどこですか。
椿かれん:仙台GIGSっていうところが多分一番大きくて。その下が仙台PIT。1000人ぐらいで。その下が多分Rensaですね。
── ちなみにRensaってやったことあるんですか。ワンマンじゃなくてイベントとかでも。
椿かれん:Able-Gleamが始まって1ヶ月経たないぐらいの時に、対バン形式のイベントでRensaに1回立ったことはあります。
── じゃあ、それぶりっていうことですか。
椿かれん:そうですね。
── じゃあ、Rensaが目標ってなったのって、立った後、その1ヶ月。
椿かれん:いや、立つ前で。
── 立つ前から、じゃあRensaを目標にしてたってことですか。
椿かれん:そうですね。私が北原さんと、Able-Gleamの前に1年やってたグループの時から「仙台Rensaでやりたい」みたいな。北原さんはアイドルの運営をやりだした時から「仙台Rensaでワンマンライブをやりたい」みたいなのは、ずっとあったんですよね。元を辿ると、なんですけど。
── それはなぜRensaだったんですか。
椿かれん:仙台Rensaって、メジャーデビューしてるアーティストの方とかも、ライブハウスツアーってなるとRensaでやるぐらい。なんかもう仙台市内で言ったら、あそこでできたらもうすごいよね、みたいな。しかも私たちみたいなライブアイドルの人たちで仙台Rensaでワンマンライブやる人が、ほぼいない。だから、仙台の人からしたら、あそこでできたらすごいよねってなるのがRensaなんですよ。なので、Able-Gleam結成当初から仙台Rensaでやりたいっていうのが、ずっとありました。さっき言ったGIGSとかPITとかは、言っちゃえば割と最近というか、昔からあったライブハウスではなくて、新しくできたライブハウスなので。あそこでできたらすごいよねみたいなのが、みんなRensaっていう頭なので。なんかこだわってましたね、ずっと。
不安から楽しみへ── いまは「4対6」
── そのRensaに立ちます。しかも2人になりました。今の率直な感情っていうか、今その2人が感じているものって、それぞれどんな感情なのかな。
橙山とわ:私は正直、最初はちょっと不安かもって思ってたんですけど。バックバンドが加わるってなってから、楽しみの方が今は勝ってて。だから来てくれるお客さんとかも、うちらも、みんな楽しめるといいなっていう気持ちと、自分たちも楽しもうっていう気持ちが、めっちゃ強いです。
椿かれん:2人でやるっていうのが決まったときは、逆に「やってやるぞ」みたいな、メラメラの方が強かったんですけど。そこから2人で出演するライブが何個かあって、それで結構、2人でいろいろ考えて、やること詰めないとやばいなってなって。メラメラから一瞬、その「やんなきゃやんなきゃ」みたいな焦りになった期間はあったんですけど。今、そのRensaの前、9日前っていうところに来て、なんか4対6ぐらいで楽しみが勝ってます。で、この4は、残り9日で楽しみの割合になっていく予定ですね。
── 当日は100%楽しむぞの気持ちで臨めるぞってことですよね。
椿かれん:そうです、そうです。
急遽のバックバンド── サリーからの提案
── バックバンドって、コバラヘルの人たちと。
椿かれん:そうですね。
── このバンドでやってくれるこの経緯って聞いても大丈夫ですか。
椿かれん:二人でRensaに立つってなった時に、Rensaのステージが結構広いので、「2人だと広すぎないか」みたいになって。で、「セット組む?」とか「いや、でもいいかな」みたいなのにもなって。そしたら、コバラヘルのサリーさんから「バックバンドをつける」みたいなご提案をいただいて。初めて「えっ、そんなことできるんですか」みたいになって。2人の気持ち優先で聞いてくれて。私たちも「一緒にバックバンドをつけて出演させていただけるなら、その方がなんかめちゃめちゃいいですね」ってなって。バックバンドがついてのステージに急遽変更になりました。
── サリーさんからの提案だったのね。
椿かれん:そうですね。最初はそうでした、きっかけが。
作り手が、背中で鳴らす── 爪楊枝地獄と灰児
── ベースとマニピはコバラヘルのメンバーじゃないですよね。2人は知ってるんですか。
椿かれん:ベースの爪楊枝地獄さんが、私たちの楽曲の「生廻」っていう曲と「喧騒を包んで」っていう、この2曲を楽曲提供してくれたのが爪楊枝地獄さんです。マニピュレーターの灰児さんは、始動の時から何曲も楽曲提供していただいてて、レコーディングとかでもお世話になってたりとか。過去にAble-Gleamがバンドセットで出演する時にも、ドラムで出ていただいたりとか。元々関わりが一番最初の頃からある方で。
── マニピじゃなくてドラムもやるんですね。
椿かれん:はい。ご自身がやってる灰児亭一門バンドっていう、普段活動されてるバンドではボーカルです。
── なるほど。結構何でもやれる人ですね。
椿かれん:そうですね。曲作って。
── じゃあ、コバラヘルの方の話にちょっと戻るんですけど。それ以外の曲もそうですけど、「NIGHTMARE」とかコバラヘルさんが作曲した曲ですよね。
椿かれん:はい。
── さっき言ってたように、爪楊枝さんとか灰児さんとかも曲を作ってくれたりとかしてた。そのメンバーが、バックバンドとして本人たちを目の前にして、本人たちを背負ってやるわけじゃないですか。そうやって、なんかこうちょっと特別な感情が生まれたりするものなんですか。
橙山とわ:めちゃめちゃ光栄です。いい意味での圧、何て言うんだろう、なんかこう後ろからの演奏の圧を感じて。私たちもその後ろからのパワーも乗せて、フロアのお客さんに届けられるんじゃないかなって、すごい思っていて。
椿かれん:確かに、とわが言ったみたいに光栄だし。いろんな、今までオケで届けてきてたのもそうですけど、ご本人の演奏のパワーも乗って、曲に乗せてお客さんに、「私たち、今のAble-Gleamはこれだぞ」っていう覚悟とか強い気持ちを届けられると思います。
コバラヘルのとわ、Able-Gleamのとわ
── とわさんはコバラヘルのボーカルとしても活動してますよね。いつもコバラヘルとステージ立ってて。今回は、Able-Gleamのとわさんとして、後ろにコバラヘルがいる。自分の中で何か変化ってあるんですか。
橙山とわ:コバラヘルとしてボーカルで立ってるときは、Able-Gleamと違って振りとかフォーメーションとかがないので、なんかいかに自分をかっこよく見せるか、見せる動きをするかとか、そういうのを気にしてやってて。今回、バックバンドでコバラヘルがいるけど、フォーメーションとか振りとか、かれんが隣にいてAble-Gleamとしてのステージなので、「自分をかっこよく見せるか」みたいな意識は同じだけど、そのベクトルは違うかもしれないです。
つなぎ役という自覚
── まあ単純に2人じゃなくて、7人になる。その中で、自分の役割みたいなのって何やと思いますか。
椿かれん:つなぎ役みたいな位置だと思っていて。お客さんからしたら、元々決まってたAble-Gleamの4周年のワンマンライブを見に来てるっていうところで。お客さんから見てると私たちがセンターにいて、私たちからしたら後ろにバックバンドの方がいて。お客さんたちも、どんな人なのか、もう重々知ってるとは思うんですけど。ただAble-Gleamのワンマンを見に来てくれたっていう事実がある以上、バックバンドの方とお客さんの、この間のつなぎ役。「こういう意図で立ってくれてるんだよ」っていうのも、バックバンドの人たちの気持ちを汲み取ってお客さんに伝えていかなきゃいけないのは、こっちの役割だなと思ってるので。なんか間のつなぎ役みたいな役割だと思ってます。
「一生忘れない日になる」── 8月2日に何が起きるか
── ちょっと抽象的な言い方になるんですけど。この日に何が起こる、何が起きると思っているか。
椿かれん:ムズッ!どの視点からでもいいんですか。
── どの視点からでもいいです。今の2人にとっての8月2日をプレゼンをしてもらえたらなと。
椿かれん:うわー、いろいろありますけど。でも確実に、この仙台Rensaっていうのを目標にしてた以上、たとえ2人になったとか、バンドセットがついたとか、いろんな事実が加わったとしても、絶対なんか一生忘れない日になるんだろうなって、めっちゃ思ってて。変な話、アイドルをいつか、いつか分からないですけど、いつか辞める時とか、すごい話大きくなりますけど、自分が死ぬ時、いつか死んじゃう時にですら、ずっと目標にしてた場所に立てたっていうのは、絶対思い出すんだろうなって。Able-Gleamの歴史としても、自分の人生の歴史としても、絶対に大きな1ページというか、忘れない日になるんだろうなっていうのは、めっちゃ思ってて。でもなんか実際にステージに立たないと、どういう景色なのかとか、自分がどういう風に感じるのかとかは、まだ正直わかんないです。立ってみないとわかんないなーみたいなのはあります。でもAble-Gleamの歴史としても、絶対もう大きすぎる一歩だし、めちゃめちゃ濃い1ページになります、絶対に。絶対になります、これは。
── とわさんはどうですか。
橙山とわ:この4年間で、かれんも言いましたけど、仙台Rensaを目標にしてきて。この今までの4年間の中で、絶対一番いいライブになるんじゃないかなって思ってるし。お客さんをそのRensaに向けて、一緒に前を見てくれてるっていう感覚もあるし。だから、そのみんなが集まって、過去4年間にあったことも覆せる、その上で更新できるんじゃないかって。ここからまた始まっていくんだっていうのを、お客さんにお見せできるんじゃないかなって思ってます。

青森から仙台へ── 2人がアイドルになるまで
── 2人とも青森出身ですよね。どのタイミングで、仙台で活動してとか、アイドルやろうと思ってみたいなのって始まったんですか。
橙山とわ:私は、もともと仙台に来たきっかけが専門学校に通うためで。その専門学校でイラスト系の勉強をしてきてたんですけど。その専門学校に入ったときに「アイドルやってみない?」って。その専門学校にいた先生がアイドルをプロデュースしてて、その先生から「アイドルやってみない?」って声をかけられて。それが私のアイドル人生の始まりで。もともとかわいい系のアイドルをやってたんですよ。そのグループでもspaceZeroで結構ライブすることがあって、北原さんとはもともと知り合いで。辞めた後に北原さんから「こういうグループをやるんだけど、やってみない?」って声をかけてもらって。それがきっかけで、今私がAble-Gleamに入るきっかけになりました。
── キラキラ系からデスボイス、シャウトに行くんですね。すごい幅ですね、それは。
椿かれん:私はもともと中学校の時に親の仕事の関係で、たまたま引っ越してきた先が仙台で。もともと青森県の八戸市でずっと生まれて育ってたんですけど、親の仕事の関係でただ来ただけで、仙台には。もともと物心ついた時から、歌ったりとか音に合わせて体を動かしたりするのはずっと好きな幼少期だったので。で、仙台に引っ越してきた時に、同じ中学校にアイドルをやってる後輩の子がいて。田舎にいるとアイドルやってるクラスメイトとか、アイドルやってる子が学校にいるみたいな生活は一切送ってこなかったし、芸能界とかアイドルとかって全部テレビの中の世界だと思ってずっと生きてきたから、初めてなんか身近に「そういうアイドルって普通にいるんだ、こんな近くに」みたいなのを思ったんです。自分は歌ったり踊ったりするのがもともと好きだったけど、割と地味な子供だったので、そういうのを自分がやる世界線はないと思ってたんですけど。自分でバイトをしてお金を稼げるようになった時に、ダンススクール調べて通ってみようかなっていう気持ちになって、ダンスに通ってみたり、ボイトレにちょっと通ってみたりとか、音楽に関わる生活をずっと続けてきてて。その中でたまたまAble-Gleamの前の前身グループを作るってなった時に、当時のグループを作る時の募集を出してたのをたまたま見て。その時募集してた年齢の枠だったりとか、募集要項的にも自分的にもすごいやってみたいなって興味があるなと思ったので、話聞いてみて合わなかったら断ればいいやぐらいの、ちょっと軽い気持ちで自分からアクションを起こして。オーディションみたいな面接みたいなのを経て、頑張ってみたいっていう気持ちがあって。Able-Gleamの前身グループを始めたのがアイドルを始めたきっかけですね。
── 前のグループって音楽的にはどうやったんですか。
椿かれん:うーんと、かわいいよりはかっこいい系だったんですけど、ラウドロックではなくて。コンセプトが結構しっかりしてて、楽曲もバンドサウンドのもあれば、明るいガールズバンドみたいな曲もあったり、なんかジャズっぽい、おしゃれな楽曲とかもあったり。
ラウドロックとの出会い、デスボイスの獲得
── 2人ともAble-Gleamに入って2人ともラウドロックをやりだしたってことですよね。こういう音楽って今まで聴いてきてたんですか、Able-Gleamやる前って。
椿かれん:私はラウドロックは通ってないです。ガールズバンドとかは通りました。それこそSCANDALとかは好きで、ライブ行ったりしてたんですけど。こういうのはなかったです。
橙山とわ:私もラウドロックは通ってなかったです。
── Able-Gleamは、この音楽的な話はプロデューサーさんから、こういう音楽やるよっていうふうに立ち上げたってことですよね。
椿かれん:そうですね。
── 初期のラウド、例えばシャウトにしてもそうですけど、いろいろ初めての経験になっていくわけじゃないですか。Able-Gleamの音楽と巡り合った2人の初めの感想ってどんな感じだったんですか。
橙山とわ:これ自分ができたらめっちゃかっこいい、みたいな。やりたいみたいな感じでした。
椿かれん:私もかっこいいってなりました。たぶん自分はかわいい系よりも、こういう音楽の方が合ってるって思いました。
── とわさんは、いわゆるデスボイスとか、普通と歌い方としては違うじゃないですか。それをやるようになって、すんなりやれるようになったのか、苦労するものがあったりとかしたのか。
橙山とわ:そのデスボイス自体は、私もともとボカロとか歌ってる歌い手さんが好きで、その好きな歌い手さんがデスボイスをやってて。それを高校の時に初めて聞いて、かっこいいってなって。それでツイキャスで、デスボイスの出し方みたいな講座みたいなのをちょっとやってるのを聞いて、「え、これ私もできるようになったらかっこいい」と思って。もうそっから実家でもう狂ったようにデスボイスの練習ずっとやってて。親とかにも「その声やめて、うるさい」とか言われたんですけど、それにも屈せずずっと練習してて。初めて出せるようになったのが高校の時が初めだったんですよ。
── 自分の中にあったんですね、もともと。
橙山とわ:はい、デスボイスを使う機会は全くなかったけど、Able-Gleamに入って初めてデスボイスを使える機会が来たと思って、やっててよかったです。
全国ツアーの記憶── 札幌、沖縄、そして八戸凱旋
── 去年の秋、全国ツアーをされた。どこ回ったんですか。
椿かれん:東北全県と、札幌、東京、名古屋、沖縄です。
── ほぼ全国ツアーで、「ほぼ」って付けてて、札幌から沖縄までみたいな感じでしたね。ツアーやって初めて行った場所とかも結構ありますよね。そのツアーの思い出深かったこととかあります。
椿かれん:これもいっぱいあるんですけど。札幌でやったときに、私、人生でも札幌初めて行って。Able-Gleamが北海道でライブするのも初めてだったんですけど。2daysあって、対バン形式でやった後に、無銭ワンマンを札幌でやったんですね。めちゃめちゃ挑戦じゃないですか。やったことない土地で、いくら無銭だとはいえ無銭ワンマンするみたいなのも、すごい挑戦だったんですけど。事前にTwitterで札幌に住んでるアイドル好きな人とかのアカウントを見つけて、めっちゃいいねしまくったりとか。2日間対バンやった時に、来てくれた他のアイドルさんを見に来たお客さんにも、めちゃめちゃチラシ配って「無銭なんで残ってください」って言ったりとか。自分たちでもできる限りアクションしたりしつつ迎えた、無銭のワンマンだったんですけど。札幌のなんかハードコア文化みたいなのもあったおかげで、すごい私たちがやってるラウドロックのこの音楽性と、札幌のお客さんたちのそのフロアの感じがめちゃめちゃマッチして。来た人数で言ったら、やっぱりそんなに多くはなかったんですけど、でも盛り上がりで言ったら、そのツアー回った中でもすごい印象に残ったぐらい、すごい盛り上がったなっていうか。私たちのこの熱量とフロアの熱量の、このバチバチ具合が本当に熱くてすごくて。「また札幌行きたい」と私たちもなりましたし、札幌の人たちも「もっと来てよ」みたいな、「Able-Gleamもっと頑張ってよ」みたいな感じで言ってくれたので。すごい感触が良かったのが、札幌でめっちゃ印象に残ってます。
橙山とわ:私は沖縄行った時に。沖縄、Able-Gleamも初めて行ったし、私自身も初めて行ったんですけど。沖縄でライブしたときに、ライブ中に知らない外国の方がどんどんライブハウスに入ってきて。ライブの音を聞きつけてライブハウスにどんどん入ってきて。そういうのはうちらも初めてだったんで、すごい印象に残ってます。英語でいろいろ話したりしたのも印象に残ってます。
── 音漏れで反応して入ってきたってことですよね。北と南ですごい反応が起こってたってことだよ。面白いですね。
椿かれん:すごかったね。米軍の基地があるコザのRemy'sってライブハウスだったんですよ。近くが米軍の基地みたいな感じだったので、海外の人とかもすごい多くて。なんかもう本場のウォール・オブ・デスが見れた感じでした。すごーいって。
── それは沖縄のグループと対バンですか。
橙山とわ:沖縄はコバラヘルと沖縄のバンドさんとスリーマンでした。
── そのツアー自体は他のところでもやってるじゃないですか。全部コバラヘルと一緒だったんですか。
椿かれん:去年のツアーは全部ではないですけど、だいぶお世話になりました。対バンに出演していただいたりとか。沖縄はもう合同ツアーみたいな感じで、ツアーのパックみたいなのを合同で組んで行かせてもらったんですけど。
椿かれん:あと一個言わなきゃ。私、あの青森県の八戸市出身ってさっき言ったと思うんですけど。その八戸に、アイドル人生で初めて凱旋公演みたいなのをやらせてもらって、ツアーで。それも思い出に残ってます。
── どうでした、凱旋は。
椿かれん:やっぱなんかもう空間が暖かすぎて。というのも、八戸の親戚一同来てくれて。こういう時に「エモい」って使うんだと思ったのが、私が小学校の時にすごいお世話になってた部活の顧問の先生、バスケ部だったんですけどの先生も、その同級生が呼んでくれて、声かけてくれて、先生もフロアにいてくれて。8年9年ぶりぐらいに会って、初めてアイドルの自分の姿を見てもらったので。っていうなんかもう、ステージに立ってフロア見たら、普段応援してくれてるお客さんもみんな遠征で来てくれてて。そのお客さんの顔と、お母さんとお父さんと親戚と先生とみたいなのが、もうフロアにみんな、こう知ってる人たちがニコニコの笑顔でこう見ててくれてるのが、もう暖かすぎて。すごい感慨深かったです、来れて良かったなっていうのと。Able-Gleamの椿かれんとして帰ってこれたのも嬉しかったですし。自分はこの街で育ったんだよみたいなのを、こう身をもって、場所をもって伝えられたのが、すごい嬉しかったです。また、可能なんだったらまた行きたいなーみたいな、思えるようなライブでした。
4年間で「やっててよかった」と思えた瞬間
── 総括するのもまだおかしな話ではあるんですけど。今、さっきの凱旋の話もそうですけど、4年やってきて、この4年の中で良かったと思った瞬間とか、思い出深いものって、2人それぞれ聞かせてもらってもいいですか。
橙山とわ:私は、なんか、小さい頃からめちゃくちゃ人見知りで。言ってしまえば人と関わるのがすごい苦手で。話しかけられても、自分に話しかけられてるって思わないようにしてたぐらい、すごい人見知りだったんですけど。このAble-Gleamに入ってから、いろんな人と関わりを持てて、人との輪が広がったというか。あと、いろんな話して楽しいなって思える瞬間がすごいいっぱいあって。それが良かったなって。
── かれんさんから見て、とわさんのその成長は感じます?
椿かれん:めちゃめちゃ感じてて。本人はなんか「話すの苦手」って言うんですけど、隣にいて、話すの苦手じゃないでしょって、めっちゃ思うこといっぱいあって。普段話してる感じとか、MCで話す感じとか、関係者の方と話す場面とか。いろいろAble-Gleamを背負って、こうAble-Gleamの肩書きが付いてる状態で人と関わる時っていっぱいありますけど、「えっ、全然苦手じゃないでしょ」って思ってます、もう。
── では、かれんさんにとっては?
椿かれん:良かったと思える瞬間は本当にいっぱいあるんですけど。なんかこの仙台でも、ライブアイドルっていっぱいいて。ましてや東京とか大阪とか、日本っていったらもう数えきれないほどいる中で。なんかこうAble-Gleamを気になって、好きになってくれて、応援してくれてる人がいて。「Able-Gleamのみんなが頑張ってるんだったら自分も仕事頑張れる」って言ってくれる人が増えたことが、すごい嬉しくて。仮にアイドルになってなかったとしても、私は根本で持ってる思いが、自分とその関わった人は明るく楽しい幸せな生活を送ってほしいなみたいなのが元々あって。自分と関わってる人はみんな幸せでいてほしいなみたいなのがあったので。アイドルになって、自分と関わってる人がAble-Gleamの曲聴いたりとか、ライブ来るようになったことによって、楽しいなって思える感情が増えたりとか、楽しい、幸せだなって思う時間が1秒でも長くなったっていう人がいる事実が、なんかすごい嬉しくて。やっててよかったなって。こんなちっぽけな自分でも、誰かの何かのためになれてるのかなって思えた時が、実感できた時が、やっててよかったなって思う瞬間です。
── このインタビューの中で、あえて触れてないことがあるんですけど。脱退の話が出ました。率直に、2人にもすごく大きな、ショッキングな話だけど、それでも前を向いてワンマンはやりますって決めた。少なからずネガティブに捉えてるファンの人もやっぱりいると思うし、でもそれでも2人のことを応援しようと思ってくれてるファンの人もいるじゃないですか。その一連の流れがあった上で、今ファンの人たちに伝えたいことってありますか。
椿かれん:正直、公式が脱退の発表を出した時に、私たちも心はずっとざわざわしてて。お客さんも、発表が出た時にざわざわしてるのも、X見ればめちゃめちゃいろんな言葉が流れてきたのを見てました。私たちも、その発表が出たその日に、残る側として、文章を出したんですけど。それもお客さんに対して「応援してくれてるのに失望させてしまってごめんなさい」っていうのと、関係者の方に「お騒がせとご心配をしてしまってごめんなさい」っていう文章を出して。ざわざわしてる気持ちはお客さんと一緒だよって思ってて。なんか「メンバーは知ってたんじゃないの」とか書いてる人もいたけど、知らなかったし。「なんで?どうして?」みたいなお客さんがなってる時も、公式の文章自体は冷静に出したけど、全然こっちも追いついてなかったんです。「知らなかった」「なんで、どうして」みたいなのは、みんなと同じ位置にいるよみたいなのは、ずっと思ってて。感情としてはそんな感じでしたけど。まあ払い戻しというか、そのRensaのチケットの払い戻しとかも、ぶっちゃけもちろん来てて。でも、それ以上になんか、私たちよりもお客さんの方が怒ってくれてる人とかもいて。誰の味方につくとかじゃないけど、「もっとかれんちゃんととわを応援して、みんなで行こうぜ」みたいに言ってくれてた方がほとんどだったんです。残って走り続ける側としては、私たちは完全に前を向いてて、進む準備もできてるし、前しか向いてないですっていうのを、文章でも、ライブの感じでも、雰囲気でも態度でも、どんな場面でも見せていかなきゃいけないよねって。見せるのが正解だよねみたいな気持ちになってたので。それに対して賛同してくれたのも、すごく感謝の気持ちですし。こっちが前を向いてる姿勢を見せても、どういう感情で受け取るかは、それはお客さんの自由なので。気持ちが整理つかなくてRensaには来れないっていうのも全然正解だし。それでもやっぱり応援したい、今のAble-Gleamを見ておきたいって言って、プラスでチケット買ってくれた人もいっぱいいるんですけど、それもそれでありがたいし。どう受け取っても今は正解だから。今回は来ないみたいな選択をした人でも、私たちはずっと走り続けてるから、いつかまた何か気持ちが交差する時が来たら、こっちはいつでもウェルカムだから。気軽にまた遊びに来てねみたいな気持ちなので。何伝えたいかってなったら、やっぱりありがとうの気持ちが大きいですかね。
橙山とわ:いろいろあったけど、今の2人の、前に進んでいくっていう覚悟を、みんなに今回のライブを見て感じてほしいし、うちらも伝えたいっていう思いはあるし。かれんも言ったけど、お客さんには感謝の気持ちがいっぱいあって。2人体制になっても応援していくよっていう声もすごいいっぱい聞かせてくれたし。「2人のライブめっちゃ熱くていいね」っていう声もめちゃくちゃあるし。これからも進んでいくAble-Gleamを、みんなも一緒に歩いていって応援してほしいなっていう気持ちです。
女性としてのマニフェスト
── この『GIRLS特区!!』というのは女性特化メディアとして立ち上がったわけなんですけど。女性としての生き方、矜持はありますか?
橙山とわ:この活動とかしてても、普通に暮らしてたとしても、いろいろマイナスなことって起きると思うんですけど。そのマイナスに負けないような生き方をずっとしてたいなって思うし。人に優しくありたいなって思ってます。昔、いじめられたりとかあったんで。その分、人には優しく親切でありたいなって思ってます。
椿かれん:女の人って一括りにするのもあれですけど。体調が思わしくなかったりとか、顔にニキビができたりとか、表に立つ仕事だけど、例えば目が腫れちゃったりとか。体とか体調にもいろんなコンディションがある中でも、ライブとか練習とか日々のスケジュールってこなしていかないといけないと思うんですけど。どんなコンディションであっても、自分らしさみたいなのを忘れないで生きていきたいなってずっと思ってて。私のこと応援してくれてるお客さんは、しっかり者そうに見えて全然しっかり者じゃない私とか、ちゃんと話してそうなのに全然ちゃんと話してなくて、中身ふわふわなのを、多分「面白い」「ちょっとお茶目だな」みたいな、「かれんちゃんらしいな」みたいな感じで、全部ひっくるめて好きでいてくれて、応援してくれてる人が多いと思うので。どんなコンディションでも自分らしさを忘れない。「自分らしさってなんだっけ」ってちゃんと自問自答して、「私らしい」みたいなのを忘れないっていうのが、ずっと頭にあります。
8月2日、どんな顔で帰ってほしいか
── 8月2日、最後なんですけど。来てくれた人に、どういう感情で帰ってほしいとか。
橙山とわ:なんかめっちゃ簡単に一言で言っちゃうと、楽しかったなって笑顔で帰ってほしいです、私は。
椿かれん:今のAble-Gleamの熱が上がったみたいな。めっちゃ良かった、気持ちが良かったっていう感じで帰ってほしいです。お客さんが少なからず持っている今のマイナスな感じも全部見ていってもらって、明るい気持ちで帰ってほしいです。
── それはそういうライブをできる自信があるってことですよね。
椿かれん:はい。
橙山とわ:もちろんです。
ファンへのメッセージ
── さっきの話に重複するところもあるんですけど、最後にファンの皆さんにメッセージを。
椿かれん:ずっと目標にしてた仙台Rensaでやることが決まったのも、ずっと最初の頃からも、どのタイミングで出会っても、温かい応援をしてくれていたみんなのおかげなので。当日は楽しむ気持ちだけ持ってきてもらえれば、あとは全部もう私たちが楽しませるので。楽しむ気持ちだけ持って、今のAble-Gleamがどういうライブをするのか、今のAble-Gleamの覚悟を感じてほしいです。なのでみんなは難しいことは考えずに、楽しい気持ちだけ持ってれば十分なので。いつもありがとうの気持ちと、今のAble-GleamとこれからのAble-Gleamを感じてもらえるようなライブにするので、楽しみにしててください。
橙山とわ:まず今まで4年間、たくさん応援してきてくれた皆様、ありがとうございます。8月2日の仙台Rensaは目標で、Able-Gleamが結成した当初から目標にしてたライブハウスではあるんですけど。そこが目標だからといって、そこのライブが終わったから終わりとかじゃなくて。また仙台Rensaを経て、ここからまたスタートしていく私たち、これから続いていく私たちのことを見ていってほしいし。仙台Rensaは本当に楽しむ気持ちを持って来てくれたら嬉しいなって思っています。
── 8月2日、頑張ってください。これからも楽しみにしてます。
椿かれん・橙山とわ:ありがとうございます。

Interview / Photo:柴 正明
INFORMATION
Able-Gleam 4th Anniversary Oneman Live「約束の場所」
日程:2026年8月2日(日)
会場:仙台Rensa
時間:OPEN 13:30 / START 14:30
料金
Sチケット ¥10,000:Thank you SOLD OUT!!
Aチケット ¥5,000:ライブ撮影可(目印として限定ラバーバンド配布します)
Bチケット ¥2,000
ご入場順:Sチケ整理番号 → Aチケ整列順 → B・招待チケット整列順
チケット
オンラインショップ(紙チケット):able-gleam.stores.jp
LivePocket(電子チケット):livepocket.jp/e/ag0802
※女性エリア有り
※撮影について
Sチケット、Aチケットは静止画・動画撮影可能
スマートフォンでの撮影は自己責任でどこの場所でも可能
スマートフォン以外での撮影は撮影エリアのみ可能
三脚持ち込み可能、お立ち台持ち込み不可